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アフリカ関連用語集

〜より充実した内容を目指し、随時更新していきます。〜

あ行
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・藍染め アフリカの伝統的な染色技法はいくつもあるが、その中の藍染めは西アフリカで広くおこなわれている。マメ科植物の葉などを発酵させてつくった藍染料を使い絞り染め、ろうけつ染め織りなどの技法を用いてに様々な模様を描く。藍染めは西アフリカのほとんどの国でつくられているが中でもナイジェリアハウサヨルバの藍染めは有名である。
サハラの遊牧民トゥアレグはハウサのつくる濃い藍染め布を好んで身に着けるため「サハラの青い民」の異名を持つ。

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・アイール山地 ニジェール北部の中心都市アガデスの北に広がる砂漠気候の山岳地帯。ハウサ語でアズベン山地とも言う。南北400km、東西100〜200kmにわたり面積はおよそ6.1万ku。火成岩からなる岩山と砂利砂漠で構成され、谷筋のワジ(涸れ川)沿いに点在するオアシスではは農業(ナツメヤシ、トマト、たまねぎ等。)が営まれている。降水量、地下水脈は比較的豊富で現地の言葉で「水の町」といわれている(あくまでサハラ基準。日本人の感覚ではからっからに乾ききった土地にしか見えない)。現在も遊牧生活を送るトゥアレグが数多く住むニジェールトゥアレグの本拠地である。

11C頃、7Cに始まるアラブの北アフリカ侵入の結果フェザーン(現リビア領)、ホガール(現アルジェリア領)のトゥアレグが南下しアイールに侵入。先住のハウサ人を追い出しこの地域の支配権を得た。幾多の氏族間抗争を経た後(抗争に破れさらに南の地に移住した氏族もある)、アガデスのアメノカル(トゥアレグのスルタン位)の権威に従うようになった。
16C〜18Cにはいくつものトランスサハラ交易ルートの交錯する地としてアイールの地政学上の重要度は上がり、東西スーダンの大国、ボルヌー帝国とソンガイ帝国の支配下に入ったこともあった(現在もアガデスはニジェール-リビアルート、ニジェール-アルジェリアルートの発着地として重要な地位を占めている)。

現在のアイールに住むトゥアレグは主に3つの氏族(Kel-Owey,Kel-Tamat,Kel-Ferouane)からなり、アガデスのアメノカルに従う人々、という意味でKel-Amenokalと呼ばれることもある。

火山性の山地(現在は死火山)なのでアガデスの北北東80kmのタファデクというオアシスには温泉が湧き、ニジェール各地はおろか近隣諸国からも湯治客が訪れる。
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アクワバ ガーナアシャンティ民族の女性の持つ人形の名前であり、マリのチワラと並んでおそらくアフリカ彫刻の中で最も名を知られているもののひとつである。
円盤状の頭は月と女性性(月の満ち欠けと月経周期の関係から世界中の多くの文化圏で月と女性は結び着けて考えられてきた。)を象徴するといわれ、アシャンティの女性は少女の頃からこの人形を身に着け、多産、豊穣、子孫繁栄などを願うといわれている。
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アザライ 狭義にはマリトンブクトゥの北750kmに位置するタウデニ鉱山の岩塩を、サハラを越えてトンブクトゥまで運ぶラクダのキャラバンを意味するが、広義にはモーリタニアニジェールなど隣国の塩のラクダキャラバンも意味する。さらに広く同地域のラクダキャラバン一般を意味して使われることもある。
サハラの塩(岩塩)とサバンナ地帯、さらに南の森林地帯で豊富に取れる金とを交換する塩金貿易の歴史は古代ガーナ王国(8C頃〜)の昔にまでさかのぼる。海岸から遠く塩の入手が困難な西アフリカ内陸地帯にあっては塩は時に等重量の金と交換されるほどの貴重品であった。→サハラ縦断交易
現在でも暑さの幾分和らぐ10月〜3月くらいまでトンブクトゥとタウデニの間をラクダのキャラバンが行き来して岩塩を運んでいる。海塩の入手が容易になった現代においてもマリではサハラの岩塩には特権的な地位が与えられている。


・アザンデ コンゴ民主共和国北東部、スーダン共和国南西部、中央アフリカ共和国南西部に居住する農耕民族(漁労、狩猟もおこなう)。ザンデと呼ばれることもある(単数形)。多くの氏族に分かれ対立していたが17C末にアザンデ王国として統一された。

アザンデの作る手足のついた楽器(ハープ、親指ピアノなど:楽器の共鳴器部分を人の胴体に見立て、木製の手足、頭などをつけたもの)はアフリカ美術の写真集に必ず載るといっていいほど有名である。

 
・アシャンティ ガーナの主要民族。17世紀末ガーナ中部クマシに首都を置くアシャンティ(連合)王国をつくった。連合内の各王国の王はそれぞれの国、氏族を象徴する床几を持ち、連合国王は黄金で飾られた床几を持っていた。その黄金の床几はアシャンティ民族全体の象徴とされ現在まで受け継がれている。この王国は19世紀末から20世紀初頭の数十年にわたり英国の植民地化に対して激しい抵抗を繰り広げた。アシャンティ王国は現在まで続いていて王国の首都クマシの王宮には廷臣に囲まれて国王(世俗権は無い)が住んでいる。
アシャンティ独自の様々な紋章を施した工芸品を作ることでも知られている。
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・アシャンティ
     王国
17世紀末ガーナ中部クマシの王オセイ=トゥトゥが高僧アコムフォ=アノキエの協力により周辺のアシャンティ民族の小国家群を統一して(統一の結果アシャンティ民族というアイデンティティが形成されたともいえる)、クマシに首都を置くアシャンティ(連合)王国をつくった。連合内の各王国の王はそれぞれの国、氏族を象徴する床几を持ち、連合国王は天から降りてきたという伝承を持つ黄金で飾られた床几を持っていた。この王でさえ座ることを許されない黄金の床几はアシャンティ民族全体の象徴とされ神聖視され現在まで受け継がれている。

領内で取れる金の交易を中心として栄えたアシャンティ王国は現ガーナ全域および周辺国の一部を支配する強大な国家となった。王国は19世紀末から20世紀初頭の数十年にわたり英国の植民地化に対して激しい抵抗を繰り広げるも1901年についにイギリスの植民地となった。イギリスの総督がアシャンティの象徴・黄金の床几を要求したことから起こった最後のアシャンティの抵抗戦は激烈を極め、イギリス軍はあわや全滅というところまで追い詰められた。この抵抗戦を率いた王太后ヤア=アサンテワアは民族の英雄として今も人々の間で語り継がれている。

アシャンティ王国は現在まで続いていて王国の首都クマシの王宮には廷臣に囲まれて国王(世俗権は無い)が住み、多くの人の敬意を集めている。


・アスキア=
 ムハンマド
1442年〜1538年。在位1492年〜1528年。ソンガイ帝国の簒奪者にしてサハラ以南のアフリカ史上最も広大な版図を統べた王。本名ムハンマド=トゥーレ。アスキアとはソンガイ帝国の将軍の称号である。

ソンガイ帝国支配下のソニンケ地方の領主でありソンガイの将軍であったムハンマド=トゥーレはスンニ=アリの死後後を継いだスンニ=バルに対し反乱を起こし王位を簒奪した(これ以後のソンガイ帝国をアスキア王朝と呼ぶこともある)。

ソンガイ帝国の皇帝に即位後ムハンマドはスンニ=アリの拡大路線を引き継ぎ領土を拡大。最盛期には、西はマリ帝国の旧領のほぼ全て、東はカネム=ボルヌー帝国と国境を接し、南のハウサ諸国を支配下に置き、北はアイール山地、タガサの塩鉱などサハラの中央部に及ぶ広大な領域を支配した。

敬虔なムスリムであったムハンマドはメッカ巡礼時に西スーダンのカリフに任命された。彼は軍事指導者として有能であっただけでなく、政治家としても有能であり強力な中央政府機構を整備し彼の治下内政は充実していたという。

晩年盲目となったムハンマドは1528年に長男のムサに帝位を追われ失意の晩年をすごした挙句1538年に没した。アスキア大帝の墳墓でもあるガオの大モスクは現在世界遺産に登録されている。


・アップリケ 西アフリカのガーナベナンからカメルーンにかけてアップリケを施したを作る民族が多く住んでいる。アップリケはもともと、バクバ人が作るアップリケを施したラフィア布のように、ラフィア布を柔らかくするために臼でついたり砧打ちをしたときにできた穴をふさぐために発達したと考えられている。染め布織り布よりも自由な色使いとデザインが可能で、それぞれの民族の宗教、歴史、物語などをあらわしたアップリケ布が作られている。

また西アフリカでは刺し子、刺繍によって細幅木綿布に文様を描き出すことも広くおこなわれている。幾何文様から動物、植物などのモチーフをそれぞれの民族独自のデザインで一種のドット絵のように縫い込んでいく。

ベナンのフォン人によるアップリケ綿布、コンゴのバクバによるアップリケラフィア布などがよく知られている。刺し子、刺繍による装飾は西アフリカ全域で広くおこなわれているようである。

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アフリカのアップリケ


・アマゾネス
 軍団
ダホメー王国軍内に組織された女性だけの軍団。フォン語で「我らの母」を意味するAhosiと呼ばれていた。

ダホメー王国の実質上の建国者ウェグバジャ王の代に近衛兵部隊として創設され精強な兵士として近隣諸国に恐れられた。ゲゾ王の時代に軍事大国化したダホメーのなかでアマゾネス軍団も拡張され一時は6千人を越える大部隊となり、ライフル、ナイフなどで武装していた。

ダホメーの西方のアシャンティ王国にも女性兵士だけで構成された部隊があったという。


・アマドゥ
  =バンバ
バンバ,アマドゥ
・アラキ スーダン共和国などで作られるナツメヤシを原料とする蒸留酒。無色透明、かなりアルコール度が高いがクセのない味なので飲みやすい(と思う。禁酒国家スーダン共和国滞在1ヶ月目にして初めてありついただったので、それだけでうれしくて味のことはあまり覚えていない)。アラビア半島起源の酒といわれ、アラビア語のアラックがなまってスーダンではアラキ、トルコではラクまたはラキと呼ばれる(トルコのラクはブドウが原料)。

*禁酒国家スーダン共和国では当然非合法の密造酒であり、見つかった場合は面倒なことにある恐れがあります。


・アンゴラ アフリカ南西部、大西洋に面した国。南西部の半沙漠地帯から北東に進むにつれステップ、サバナ気候と変わり一部には熱帯雨林も見られる。アンゴラ北部にはかつてコンゴ王国、ンドンゴ王国などの王国が栄えた。
主な民族はオビンブンドゥ、ムブンドゥ、バコンゴ、ヘレロ、バチョクウェヨンベなど。沙漠地帯にはコイ・サンも暮らしている。
バコンゴ、ヨンベ、バチョクウェは彫刻に長けた民族としても知られている。


 
・イガラ ナイジェリア南東部の都市イダを中心にニジェール河とベヌエ川の合流地点地域に居住する民族。イガラの彫刻にはイケンガ信仰に関する作品が多く、イガラ彫刻の傑作としてトーテムポールのように何層もの彫刻群を縦に重ねた柱上の彫刻が知られている。
数百年前には南部に隣接するイボ人の居住地域にまで勢力を張った。


・イグボ →イボ
・イケンガ信仰 主にナイジェリア南東部に住むイボおよびその近隣の民族(イガライジョ、ビニなど)に信仰されている(いた)宗教。イケンガとは人間の(右手の)生命力・力のことでありイケンガ信仰の祭壇像は上部に一対の角を持ち、下にそれを支える人像が彫ってある(時にはトーテムポールのように重層的に何対もの人像を彫りこむ)。


・イジョ ナイジェリア南東部ニジェール河デルタに住む漁労民。19C以降ヨーロッパから取り入れた木工技術を使った仮面、彫刻の制作が盛んになった。イジョは漁労民であるためその彫刻もまた水の精霊に関するものが多い。

イジョの彫刻の特徴としては、非常に抽象的で直線と円形を使った幾何学的なデザインが多い、また祭壇などの彫刻には寄木細工の技法が用いられていることなどが挙げられる(アフリカの彫刻は基本的にはすべて一木彫りである)。


・イスラム 西アフリカにおけるイスラムについて。7C前半にアラビア半島に生まれたイスラムは預言者ムハンマドの死後急速に勢力を拡大、8C初頭にはアラビア半島からマグレブ諸国、スペインに至る地域を支配するにいたった。サハラ以南西アフリカへのイスラムはまずガーナ王国などを訪れたイスラム化したベルベル人交易者、アラブ商人などによってもたらされたが、この時期にはまだ黒人系住民のイスラム化は進まず、ガーナの王も非ムスリムのままであった。

ガーナ王国の跡を襲ったマリソンガイ帝国の歴代皇帝、皇族等支配者層はムスリムであり、トンブクトゥのイスラム学芸都市としての発展などがあったものの、イスラムは依然支配層、知識層の宗教であり、被支配層のイスラム化はあまり進まなかった。さらにこの時期の西アフリカのイスラムは伝統宗教との習合的イスラムであり、18C後半から19C後半、習合的イスラムを否定したフルベのジハードが西スーダンを席巻することになった。フルベのジハードにより征服された土地の住民はイスラムに強制改宗させられ、西アフリカ内陸部のイスラム化が一気に進行した。西アフリカのイスラム化は現在も進行中で従来あまりムスリムのいなかったギニア湾沿岸部の地域でもムスリムが増加してきている。

現在サヘル諸国のほとんど(ブルキナを除く)ではムスリムが多数派を占め、ギニア湾岸諸国でも国の北部ではムスリムが多数派を占める国が多い。
西アフリカのイスラムはほとんどがスンニー派だがフルベのジハードにもかかわらず民族固有の宗教、信仰との習合が多く見られ、またセネガルムーリディーヤのような独特のイスラム教団も存在する。


・イバダン ナイジェリア南西部、ニジェール河下流域の西に作られたヨルバ諸国のひとつ。19C初頭にソコト帝国に圧迫されたオヨ王国の避難民が大量に流れ込んだことにより人口が急増した。もともと要害の地にあったイバダンの街はこのことにより軍事都市としての性格をおび、強力な軍事力を基盤とした奴隷貿易により繁栄したが19C末この地に進出してきたイギリス軍の支配下に入った。

・イフェ ナイジェリア南西部、ニジェール河下流域の西に作られたヨルバ諸国中最古の王国。11Cごろに建国されたと考えられている。伝承によれば、天の神オロルンがイフェの初代王オドゥドゥワをイフェの地に遣わし、イフェ王国が生まれたとされている。その後各地に建てられたヨルバ諸国の建国者はすべてこのオドゥドゥワの息子と言われている。

イフェ以後のヨルバ諸国はイフェをヨルバ発祥の地としてあがめ、宗主国として、また宗教的聖地として尊重したため、世俗的なの国力はさほどでもなかったにもかかわらず全ヨルバ諸国の中で特権的な地位を享受し、その宗教的権威によって19C末まで存続していた。現在でもヨルバ人の宗教的、精神的な聖地としての地位を保っている。

イフェ王国の宮廷美術、つまり有名なイフェの青銅またはテラコッタ製の彫刻はその写実性と完成度の高さにおいて他のアフリカ美術とは一線を画し、その芸術性の高さは世界的に見ても最高の水準に達していると評価されている。最初期にイフェの彫刻を見たヨーロッパ人はその芸術性の高さからアフリカ人が作ったとは信じられず、ギリシャ人か何かが造ったものだと考えたという。無礼極まりない話だが、イフェ美術の完成度の高さを物語るエピソードである。


・イフォラ山地 マリ共和国北東部にある山岳地帯。トゥアレグの一氏族Kel-Ifoghasがかつてこの地域を支配していたためこの名が付いた。サハラの岩壁画遺跡群のひとつとしても知られている。数千年前にさかのぼると思われる動物の壁画や、12C頃に描かれたと見られる壁画が発見されたほか、トゥアレグ人の首都タデメッカの遺構やタデメッカを滅ぼして建てられたソンガイ帝国の都市の遺跡エッスークがのこされているなど考古学的に注目されている地域である。


・イボ ナイジェリア南東部ニジェール河デルタとその南東地域に居住するナイジェリアの主要民族のひとつ。商業民族としても知られナイジェリア内外で広く活躍している。イグボとも言う。

イボ人はイボ人としての統一国家を持ったことがなく、主に5つの集団に分かれて村落単位、大きくても都市国家規模の政治形態しか持たなかった。この影響がイボの彫刻にも如実に現れている。各集団の作る彫刻の特徴は、写実主義的なものから、何をかたどったのかわからないほど抽象化が進んだ彫刻まで、かなりの多様性を示し一見したところイボという同一民族が作った彫刻とはわからないほどである。


・イボ・ウクウ
     文化
ナイジェリアニジェール河下流域、現在主としてイボ民族が住んでいる地方に9C?〜?Cに栄えた文化。おそらくアフリカ最古の青銅器文化と考えられている。イボ・ウクウの青銅彫刻は失蝋法で造られていて、その様式は非常に緻密かつ装飾的であり、後のイフェベニンの青銅彫刻等とはかなり異なっている。


 
・ヴァイ リベリアおよびシエラレオネに居住する農耕・牧畜民。多くの秘密結社組織を持ち、音楽に長けた民族としても知られている。19C前半にヴァイ語を記述するための独自の文字を開発した。


・ウェ →ゲレ
・ウォロフ セネガルガンビアに住む農耕民族。セネガルの最大民族。セネガルの政治、経済に大きな影響力を持つ。ウォロフの故地は古代ガーナ(現在のモーリタニアマリ領)と推定され、ガーナ王国崩壊後の混乱期にセネガル地方へと移住してきたと考えられている。

ンジャージャン=ンジャイという伝説上の始祖を持ち14Cごろに王国(ウォロフ王国もしくはジョロフ王国)をつくった。ウォロフ王国は16C以後いくつもの王国に分裂しながらもフランスによる植民地化が始まる18〜19C後半まで存続した。18.19Cにイスラム化が進み現在ではムーリード派(→アマドゥ=バンバ参照)の信徒も多い。

文化的には彫刻、仮面製作などは行なわず、かわりにというわけではないが芸能が盛んでグリオの伝統を受け継いだセネガル・ウォロフのポップミュージシャンの中には世界中に名を知られたものも少なくない(ユッスー=ンドゥール、クンバ=ガロ=セックなど)。金属工芸には定評がある。


・ウォロフ王国 13、14Cごろセネガンビア(セネガル河とガンビア河の間の地域:現在のセネガル北部、中部にあたる))に作られたウォロフ人の王国。ジョロフ王国ともいう。

14C中には同じウォロフ人の王国(カヨール、ワロ、バオル、サルムなど)が多く建てられたがそれらの王国はジョロフのブルバ(王)の権威の下にジョロフ王国に服属していた。15C半ばから始まったヨーロッパ人との交易により各王国が力を蓄え、相対的にジョロフのブルバの権威は低下していった。

16C半ばのカヨール王国の独立を契機にセネガンビアはウォロフ系王国の分立時代に入る。各王国との抗争、フルベのジハードへの抵抗、などを経て1900年フランス植民地に組み込まれ王国の歴史に幕が下りた。


・臼 アフリカでは臼が食糧加工、調理の場において大きな役割を果たしている。大きな臼は穀物の脱穀、製粉用、餅つき(穀類、根菜類のモチなど)に用いられる。脱穀機、製粉機などの機械類ももちろんあるが家内消費、小規模な業務用などにはまだ臼と杵が使われ、村落部などでは木陰で歌を歌いながら粉をつく女性の姿をしばしば目にすることができる。粉つきは重労働であり、気を紛らわすため歌を歌ったり、杵を振り上げざまに手を離し、手拍子を打ってから杵をつかむという遊びのような動作を取り入れこともある。

中型、小型の臼は家庭の台所で毎日の食事を作るのにつかわれる。調味料の調合や食材の加工などに用い、アフリカの家庭に欠かすことのできない調理器具となっている。臼は台所に欠かせない道具として嫁入り道具とする民族もある。

西アフリカの臼の形は日本の臼のような寸胴型と違い、くびれのあるジェンベ(アフリカンドラム)のような形をしていて、トロフィーのように取っ手がついていることもある。杵は竪杵(中央部の細くなった棒状の杵)を用いる。
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・うちわ うちわは古くから世界各地で製作、利用されてきた道具であり、その材質、形状は多岐にわたる。西アフリカでもたくさんの種類のうちわがつくられているが布や紙のうちわはなく、カゴ編みの技法で作られていて、概ね3つに分類できるようである。

スーダン(サヘル)タイプ
 手旗状の形状のうちわ。ヤシの葉を細かく割いたものやビニール繊維などが使われ
 る。チャドニジェールマリブルキナファソセネガルモーリタニアなど主にサヘルの国で製作、
 使用される。
ギニアタイプ
 一枚のヤシの葉をつかい、葉柄から小葉を切り離さずに編み上げたうちわ。このタイ
 プのうちわは、形に多少の違いはあるがギニア湾岸緒国に広く分布していると思わ
 れる。私が確認した範囲ではガーナ、ブルキナファソ南部、トーゴベナンでこのタ
 イプのうちわが製作、使用されている。
・その他
 上記二つの分類に当てはまらないもの(製作、使用されている数、地域は上記の二
 種が圧倒的に多い)。ガーナ北部のもじり編みのうちわベナンの丸うちわなど様々
 な種類のうちわがある。


かつての日本でもそうだった様にうちわは涼をとる道具としてだけでなく、炊事用具としても用いられてきた。現在でもアフリカでは炊事に薪や炭を使うことが多く、その際、火を煽る道具としてうちわは生活に欠かせないものとなっている。
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・ヴードゥー教 フォン民族(ベナン)やヨルバ民族(ナイジェリア)の間で広く信仰されている宗教。多数の神々(Vodun)からなる万神殿(パンテオン)を持つ多神教。本来神を意味する「Vodun/ヴォードゥン」と呼ばれていたが、この地域の人々が奴隷として連れて行かれた先のカリブ諸国で独自の発展を遂げ名前も「Voodoo/ヴードゥー」へと転訛し、現在ではその名前のほうがよく知られている。

至高神としてマウ・リサという神がが存在するものの、信者の信仰の対象は日常の事柄にかかわる神々に集中していて、それぞれの事柄(生死、病気、豊作、雨乞い、商売繁盛などなど・・・)を司る様々な神が信仰されている。神々への祭礼として、生贄(鶏、羊など)や激しいダンス、トランスを伴う多様な儀式や呪術を行うことで知られていて、主要な神々はそれぞれの信者や結社を持っていることもある。

主な神として、レグバ(道の神・トリックスター→レグバ像を見る)、シャンゴ(雷神→シャンゴに仕える巫女の彫像を見る)、オグン(鉄と戦いの神)、エグン(死神)、などが挙げられる。他にも地域限定の神々などがいて正確な数はわからないが数百の神がいるともいわれ、しばしば道端などでも小さな呪物を置いた小さな社を見かけることができる。さまざまな神を祭る、生贄(鶏、羊など)やトランスを伴う多様な儀式や呪術を行うことで知られていて、主要な神々はそれぞれの信者や結社を持っていることもある。
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・エウェ ガーナ南東部、トーゴ暗部、ベナン南部に居住する民族。トーゴではもっとも有力な民族のひとつである。ヴードゥー教の信者が多い。

ガーナのアシャンティと並びケンテ布の作り手として知られている。エウェのケンテはアシャンティのものよりやや暗く渋い色調が特徴的である。


・エコイ ナイジェリア南東部からカメルーンにわたる地域に居住する民族。写実性を出すために表面に獣皮を張ったエコイの仮面はよく知られている。

エックペ教といわれる宗教の儀式に用いる頭上面の製作が盛ん。人面をかたどった仮面は写実的に、動物をかたどった仮面は極端にデフォルメされた表現でつくることが多い。表面に獣皮を張ったエコイの仮面は、獣皮の持つ生々しいな質感が不気味な迫力を生み、アフリカの彫刻の中で最も凄みのある物の一つと言えるだろう。


・エチオピア ソロモン王とシバの女王の間に生まれたメネリク1世を始祖とする伝説を持つ北東アフリカの国。1Cに創設されたアクスム王国は4Cにキリスト教を国教とし、以来独自のキリスト教文化(エチオピア正教。よくコプト教と混同されるが別の宗派である。)を育んできた。19C以降のアフリカ分割の時代にも独立を保ち続け、1896年にはアドワの戦いでイタリア軍に大勝。「カルタゴのハンニバル以来のアフリカのヨーロッパに対する勝利」といわれた。
現在首都アジスアベバにはAU(アフリカ連合)の本部がおかれている。
主な民族
アムハラ・オモロ・ティグレ・シダモ・ソマリ、など
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・オグン ヴードゥー教の神々の一人。鉄と火の神、狩人と鍛冶師の守護者、戦争の神として崇められ、ヴードゥーの神々の中で最も広く信仰を集めている神の一人である。

ヨルバの神話によればオグンは最初に地上につかわされた神であり、その役目は人々の住める場所を探す(もしくはつくる)ことであったという。

フォンの神話ではグーと呼ばれている。


・親指ピアノ 木箱やひょうたんで作った共鳴器の上に細長い金属片を取り付けた楽器。その金属片をはじくのに主に親指を用いるため日本語では親指ピアノと総称されている。西アフリカのみならずアフリカ各地で広く見られる楽器であり、西アフリカではおおむねカリンバ、南部アフリカではムビラと総称されることが多い。大きいもの、小さいもの、共鳴器にひょうたんではなく木の箱を使ったもの等さまざまな形態がある。
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・オヨ ナイジェリア南西部、ニジェール河下流域の西に作られたヨルバ諸国のひとつ。ヨルバ諸国の中での中で最大の版図と勢力を誇った。伝承によれば初代オヨ王オラニヤンはイフェの建国者の末息子だといわれている。

13・14Cごろに始まりスーダンギニアを結ぶ交易網の要衝として栄え、ヨーロッパ諸国との交易が始まると奴隷貿易で大きな利益を上げた。奴隷交易を通じヨーロッパ人から手に入れた銃火器を装備したオヨ王国は16C末頃から版図を拡大。現在のナイジェリア西部州からガーナのボルタ河流域にいたる王国を築き18Cにはダホメー、アジャ等の周辺諸国を朝貢国とした。

18C末頃から内乱、ソコト帝国の圧迫、ダホメーの離反などが相次ぎ国力は衰退。19C半ばに消滅した。


・織物 →布
・織り文様 →布
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