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アフリカ関連用語集

〜より充実した内容を目指し、随時更新していきます。〜

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・バヴィリ ガボンの海岸部からコンゴ共和国コンゴ民主共和国海岸部にかけて居住するバントゥー系民族。コンゴ地域の大民族バコンゴのサブグループの一つである。犬やサルの彫像、Nkisi仮面(白、黒、赤等の顔料で彩色されたものが多い)の製作などで知られている。


・ハウサ ナイジェリア北部およびニジェールに居住する民族。ニジェールとナイジェリア北部州で最大の人口を抱える民族(両国あわせて1000万以上)。14C〜19C半ばまで同地方にハウサ諸国と呼ばれる都市国家群を作った。現在も同地方(ハウサランド)では壁に美しい文様を施したハウサスタイルの家を見ることが出来る。遠距離交易の仲介者として活躍したハウサ人の言語、ハウサ語は現在西アフリカ内陸部でもっとも広く通用する共通語(リングアフランカ)となっている。
また藍染めでも有名で、トゥアレグが好むほとんど紫に近い濃い藍色の砧打ちの布はほとんどが北ナイジェリアのカノなどのハウサ都市で作られている。
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・ハウサ諸国 現在の北ナイジェリアのハウサランドと呼ばれる地域に形成されたハウサ人の都市国家群。城壁に囲まれた都市を中心に周辺部の村落を統治した。

伝承によればその起源は10Cにまでさかのぼるが、現実にはおそらく14C半ば頃までに王国群が形成されていたと考えられている。ハウサ七国といわれるが実際にはその王国の数は時代によって変動した(カノ、ゴビル、カツィナ、ビラム、ダウラ、ラノ、ザリアがハウサ七国と呼ばれている)。南方の諸国とスーダン(サヘル)諸国を結ぶ交易路の要衝として繁栄し、またハウサ商人自身も長距離交易に従事した。

ハウサ諸国同士で相争うことはあっても同盟を結び広域国家を形成することはなく、軍事的には東西の大国ソンガイ帝国カネム=ボルヌー帝国に押され、しばしば朝貢、臣従を強いられた。19C半ばのウスマン=ダン=フォディオによるジハード(ソコト帝国の建国)によりハウサ諸国全域が征服され、20C初頭にはイギリスの植民地に組み込まれた。


・バウレ コートジボアールの主要民族のひとつ。アカン系の言葉を話しもともとは現ガーナ領に居住していたと考えられる。18C半ばアカン人の一派がアウーラ=ポクという女性リーダーに率いられ現コートジボアール南部のブアケ周辺に住み着きバウレ人となった。

バウレはギニア湾岸諸国の諸民族の中でも芸術的に優れた民族として知られ、特に遮光器土偶のように突き出た目を持つ仮面はよく知られている。バウレの彫刻はスーダンの彫刻とギニアの彫刻の折衷的な様式を持ち、細部まで緻密に彫り込んだ洗練された作品を多く生み出してきた。


・バオバブ 主にアフリカのサバンナ気候帯に分布するキワタ科の高木。アフリカ大陸部に1種、マダガスカルに7〜8種、オーストラリアに2種のバオバブが存在する。アフリカの大陸部に分布するバオバブは「巨人が幹をつかんで根を引き抜き逆さに植え替えたようだ」と形容される独特の形状を持ち、高さ10〜30m、直径は時として3m以上にも達する樹木。サバンナに枝を広げて堂々とそびえるバオバブの姿はアフリカのサバンナを代表するにふさわしい景色である。

種は落雁状の酸味のある果肉に包まれ、そのまま食べたり、果肉を水に溶かして飲料としたりもする。若葉は食用、樹皮そのほかの部分も伝統的な民間薬に用いられるなど地域の人々の生活にとって欠かせない植物となっている。


・バガ ギニア共和国大西洋岸に住む小さな民族集団だが、彼らのつくるニンバ像はアフリカを代表する彫刻として広く知られている。ニンバはバガの信仰する豊穣の女神であり、豊作祈願の祭儀の際、踊り手は樹皮でつくったみの状のカバーで体を覆い隠し、頭上にニンバ像をのせて踊りる(→頭上面)。
豊かな乳房は地の実りを象徴するとともに人の実り(安産・多産)も象徴し、子孫繁栄の女神としても信仰されている。

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・バクバ クバとも言う。コンゴ民主共和国南東部に居住する農耕民。その彫刻は、アフリカ美術の宝庫といわれるコンゴ盆地諸民族の中にあってバルバ(ルバ)と並び最高の評価を受けている。17C頃に始まったクバ王国(伝承では93代目の王といわれているシャムバ-ボロンゴンゴ王が実質上の建国者)で宮廷美術画発展し、各王の事績をデザインに取り入れた王の像は特に有名である。またラフィアヤシの繊維から織ったラフィア布の製作でも名を知られている。


・バコタ コタとも。ガボン東部に住むバントゥー系農耕民。先祖の遺骨箱を飾るための人頭像の製作で知られている。薄い平面的な造形の人頭像に金属板をかぶせて装飾した像は遺骨箱の守護者であるとも言われ、アフリカ美術の中でもよく知られたものの一つである。


・バコンゴ 多くの人口を持ちコンゴ共和国民主共和国アンゴラにかけて広く居住するバントゥー系農耕民族。単にコンゴ民族とも。ヴィリヨンベなどのサブグループを持つ。14C〜19Cに同地方に栄えたコンゴ王国の末裔。

彫刻の名手としても知られ、全身に釘を打ち付けたNkisiと呼ばれる呪術用彫像などが有名である。なおバコンゴ(コンゴ)、バクバ(クバ)バルバ(ルバ)の最初につく「バ」とは複数を意味する、多くのバントゥー諸語に共通する接頭辞である。


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・バスク コンゴ民主共和国南西部に居住するバントゥー系農耕牧畜民。

バスクの仮面・彫刻は首長のための一種の宮廷美術という側面を持っている。頬の盛り上がりを強調した仮面が多く見られる。また犬を使った狩猟を好むことから頭上に犬の像を載せた仮面が多くつくられている。


・バスケトリー アフリカのバスケトリー(カゴ、およびカゴ編みの技法で作った物)は材料(ヤシの葉、樹皮、つる、竹、イネ科植物、現代ではビニールひもまで)、技法(もじり編み、平編み、網代編み、などなど)などが多岐に渡り、その製品の形状、用途もまた多彩である。

容器(いわゆるカゴ。形状、大きさも人一人入るくらいのものから掌に乗るくらいのものまで様々である)、バッグ、マット(敷物としてだけでなく、家の壁、塀、時には屋根としても用いられる)、うちわ等々。つるなどの柔軟な素材を使った場合は袋、網、さらには吊り橋までも作ってしまう。

現在安価なプラスチック製品がアフリカにも大量に出回っているが、伝統的な手編みのカゴも健在で、市場などでカゴを編みながら売っているおばちゃんたちを目にする機会も多い。

鮮やかな彩色を施した材料を使い、複雑な文様を織り込んだ美しいカゴの数々は、アフリカの人々の日用品としてだけでなく土産品としても人気を博している(ガーナ北部のもじり編みのカゴ、ブルキナファソの平編みカゴなどなど)。

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・バソンゲ ソングェとも。コンゴ民主共和国南東部ルアラバ川流域に暮らす農耕民族。近隣のルバ人とは同じ祖先を持つとの伝承がある。

仮面・彫刻のつくり手としても知られていて、
Bishimbaと総称される彫像も有名ではあるがなんと言っても特徴的なのはその仮面である。kifwebeと呼ばれる仮面は白・黒・赤などの縞模様で彩られ頭頂部にはモヒカン狩りのような突起が付けられている。


・バチョクウェ コンゴ民主共和国アンゴラザンビア国境地帯の広い地域にに居住するバントゥー系農耕狩猟民族。17,18Cにアンゴラに栄えたルンダ王国に属していたがやがて独立した。

彫刻の名手として知られていて、宮廷美術と民間工芸の二系統の作品を生み出している。


・バティック ろうけつ染め
・ハート型
     の顔
カメルーンガボンからコンゴ盆地さらにはザンビアの一部にかけての多くの民族の間で作られる仮面や彫像の顔に見られる特徴的な造形のこと。眉毛の線を境に眼窩から頬の部分をハート型にへこました様式であり、ガボンのクウェレ人が作るEkukと呼ばれる仮面が最もよくその特徴をあらわしている。


・バナナ バショウ科バショウ属の植物またはその果実。世界各地の熱帯地方で栽培されている。バナナの原産地は東南アジアの熱帯地方と考えられ、アフリカには東南アジアからマダガスカル経由で伝えられたと考えられている。

バナナの果実は熱帯アフリカ各地で盛んに栽培されていて、熱帯地域のみならず周辺地域の貴重な食糧となっている。甘みの少ない大型のプランテインと呼ばれるバナナは料理用として、焼いたり揚げたりして主食として用いられることもある。東アフリカの一部ではバナナを発酵させてつくったがある。

さらにバナナの葉は屋根ふきや包装材などとしても用いられるなど食用以外の用途にも活躍している。
バナナは一般に「バナナの木」と呼ばれるなど木と思われることが多いが草の仲間であり、果実も正確には野菜に分類される。


・バプヌ ガボンのングム川上流域に居住するバントゥー系民族。18C頃に南方から現在の居住地に移住して来たと考えられている。

バプヌは女性の仮面を多くつくるが、それは理想の女性像であり、女性の祖先をあらわしている。バプヌの仮面は写実的な造形であり穏やかな表情をしているものが多い。多くの仮面が白く塗られているが、白は平和を表す色であると共に死者の魂を表す色でもあるため、仮面は白塗りの仮面は葬儀の場でつかわれることが多い(アフリカの多くの社会で白塗りの仮面は死と結び付けて考えられている)。


・バムン ムムとも呼ばれる。カメルーン北西部、グラスランドと呼ばれる高原地帯に居住し小規模な王国を形成した(する)民族。バントゥー系言語と近縁の言語を話す。19C末にバムン王国のンジョヤ王がバムン語を記述するための独自の文字(アカウク文字)を開発した。


・ハミガキノキ ハミガキノキという名前の木があるわけではないが、西アフリカでは歯をみがくのに木の枝を使うことが多い。長さ10〜20p程度、直径5〜15o程度の木片の先端を噛んでささら状にしてその部分で歯をみがく(日本の房楊枝を単純にしたようなもの)。

単純に木の枝を適当な長さに切っただけのものや、木材を割って適当太さにしたものなど、いくつかの種類があり、木のにおいや材質などによって人それぞれの好みがある(どの木でもいいというわけではなく、歯みがきに適した木というものがいくつかある)。アフリカの人の歯が真っ白なのは、かたい木でしょっちゅうゴシゴシやっているからかもしれない。

セネガルではなぜか夜に歯をみがくと家族(両親)に不幸があるといわれ、一種のタブーになっている。


・バミレーケ カメルーン西部高地およびその周辺地域に居住する農耕・牧畜民族。伝統的首長(フォン)に率いられている大小のサブグループに分かれている。

バミレーケの工芸文化はアフリカを代表するものとして広く知られている。代表的なものとしては幾何文様や人像、動物像などの透かし彫りで支えられたバミレーケの丸イスや、仮面、イス、ひょうたん、そのほかの工芸品の表面に施す精緻なシードビーズ細工などが知られている。

 
・バヤカ コンゴ民主共和国南西部クワンゴ川流域に居住するバントゥー系民族。氏族ごとに長老組織をもつ。

木彫の名手として知られていて、仮面、彫像、家具、楽器など多彩な木彫製品を作り出している。


・バラフォン 西アフリカの広い地域で使用されている伝統楽器バラフォン(木琴)。西アフリカを代表する鍵盤楽器。地域によって形態に多少の差異は認められるものの、木製の鍵盤の下に大きさの異なる複数のひょうたんを取り付け共鳴器とするという基本的な構造は共通している。大きいものでは20鍵以上、長さ1.5m以上に達し、民間音楽、宮廷音楽を問わず幅広く演奏されてきた。ひょうたん共鳴器によって柔らかに増幅されたその美しい音色に、世界中に多くの愛好者がいて、また近年では多数のバラフォン奏者が欧米で活躍している。
演奏者が手首に金属片や木片などを付けたブレスレット状のものを着けることがあり、その場合鍵盤をたたくたびに金属片や木片がカシャカシャと音を立て演奏に独特のリズムを加えることになる。
ブルキナファソにはバラフォンの音階やリズムで言葉を伝える、「木琴言葉」がある(西アフリカ各地には太鼓のリズムなどで言葉を伝える「太鼓言葉」も存在する)。
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・バリバ ベナン北中部に居住する農耕民族。19Cには同地方に王国を建設した。動植物、人工物を題材とした寓意的なモチーフ(それぞれのモチーフが、ことわざ、物語の主人公、感情などと結び付けられている。)を施した精巧な装飾のひょうたん工芸品を作ることで知られている。
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・バレガ コンゴ民主共和国南東部ルアラバ川流域に暮らすバントゥー系民族。農耕,狩猟,漁労などをおこなう。歴史的に集権的な政治組織を持たなかったバレガの社会ではBwamiと呼ばれる結社組織が政治的、宗教的に中心的な役目を果たしている。

バレガは結社の儀式などで使う様々な仮面を作ることでも知られている。彼らの作る仮面のなかでも典型的なハート型の顔の白塗りの仮面(樹皮などで作ったひげが付いていることが多い)が特徴的である。


・バルバ ルバとも言う。コンゴ民主共和国国南部に居住する大きな民族集団。16〜19Cにかけて同地に栄えたルバ王国を建国した。その彫刻は、アフリカ美術の宝庫といわれるコンゴ盆地諸民族の中にあってバクバ(クバ)と並び最高の評価を受けている。女性像、もしくは男女ペア像が支える枕、いすなどの彫刻は特に有名であり、「ブリの名工」「懸崖の髪の名工」(個人名は特定できないが、作品の見つかった場所や、作風などからつけられたニックネーム)などの名人を生んできた。

ルバ彫刻に見られる写実的に彫られた彫像の静謐さをたたえた表情は、全アフリカの彫刻の中で最も美しいもののひとつに数えられている。


・バントゥー
   諸民族
バントゥー系の(バントゥー語族に属する)言語を話す多数の民族集団の総称。バントゥー諸民族には数百の民族集団が含まれるといわれ、彼らの居住地域はナイジェリア東部、カメルーンコンゴから赤道以南のアフリカのほぼ全域に及ぶ(カラハリ沙漠、南部アフリカ内陸部のいくつかの地域を除く)。

バントゥー諸民族の故地はナイジェリア東部からカメルーンにかけての地域といわれ、紀元前後から3Cごろの間に移動、拡張を開始。コンゴの先住民であったとピグミー、南部アフリカ一帯の先住民族であったコイ・サン民族をそれぞれ、熱帯雨林の奥地、カラハリの奥地へと追いやりながらそれぞれの土地に定着していった。

バントゥー系諸民族には数百者民族が含まれその生活形態も狩猟、牧畜、農耕と多岐にわたるにもかかわらずバントゥー系諸言語の間にはかなりの共通点が見られる。バントゥーとは19Cのヨーロッパ人言語学者が作った用語で「ントゥ」は「人間」という意味、「バ」は複数形を表す接頭辞であり、コンゴ、クバ、ルバなどの民族がそれぞれバコンゴバクババルバと呼ばれるのはそのためである。


・バンバ,
  アマドゥ

(アマドゥ
  =バンバ)
1850〜1927。セネガルの宗教、政治、経済に絶大な影響力を持つイスラム教・ムーリディーヤ教団の創始者。フランスによる植民地化への抵抗の象徴として大きな支持を集めた。
セネガルでは町や村の壁、立ち木などいたるところに彼の肖像が描かれている。ムーリディーヤの総本山トゥーバの町には壮麗なモスクが建ち、警察や軍も教団の許可なしには立ち入れないという。
パッチワークの服にドレッドヘアのムーリディーヤの托鉢僧「バイファル」達がバンバの写真を首からぶら下げているのを目にする機会も多い。
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・バンバラ マリの最大民族。バンバラは周辺民族による他称、自称はバナマ。マリンケデュラ等の民族と同じマンデ系民族。(マンデ系諸民族はマリ、ギニアブルキナコートジボアールに広く居住し、マンデ諸語は同地域での共通語となっている。)
かつての黄金帝国マリの末裔を自負し、ソンガイ帝国滅亡後は自らの王国を持ったこともある(セグー王国)。周辺の諸民族に比べイスラム化するのが遅かっため民族独自の文化を保持してきた。直線的で堅牢、哲学的な印象の彫刻を制作することで知られ、中でもカモシカをかたどったチワラの彫刻は有名。マリのシンボルとしてさまざまなものにその図像が描かれている。

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・ピグミー コンゴ盆地を中心とした各地の森林地帯に居住する狩猟採集民族。いくつかのサブグループに分かれるが、世界で一番身長の低い民族といわれ(成人男子の平均身長が140〜150p。)、古代ギリシャ語で小人を意味するピュグマイオイに由来するピグミーという名で総称される(ピグミーの存在は古代ギリシャ、エジプトに知られていた)。

かつてはコンゴ盆地を中心にアフリカの広い地域に居住していたがバントゥー系民族の拡張に伴い徐々に森林地帯の奥地に追いやられていった。固有の言語はすでに失われ近隣のバントゥー系民族の言語を借用している

森林地帯に簡単な小屋を作り女は採集、男は狩猟(弓矢猟、罠猟、槍猟:ゾウすらも槍で倒すという)に従事し、近隣の農耕民との間で肉と農作物の交換をする。
主なピグミー集団にはコンゴ・ウバンギ川間の地域に住むビンガ、コンゴ北東部イトゥリの森に住むムブティである。
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・ビサップ ハイビスカスの一種のがく(花びらの外側の部分-よくアジサイの花びらだと間違えられる部分)をほしたもの。またはそれを水に漬けたり煎じたりして作られた赤紫色の飲み物の事。砂糖を加えて飲むことが多い。西アフリカ、サヘル全域(西はセネガルから東はスーダン共和国まで)で広く飲まれている飲み物である(スーダン共和国、チャドではカルカデと呼ばれている)。
・ビーズ
  /トンボ玉
アフリカでは古くからビーズ玉がタカラガイとともに貨幣の代わりとして交易等で重要な役割を担ってきた。インド、アラブの商人、ヨーロッパの交易者が持ち込んだガラス玉やトンボ玉が主としてその役を担っていたが、アフリカの一部の地域では独自のビーズ玉を製作していた。
西・中部アフリカではビーズアクセサリーの他にも極小ビーズを用いて仮面、彫刻、服、帽子、日用品などに色鮮やかな文様や絵を描き出すビーズ細工が発達した。

アフリカでビーズが貨幣の代わりとして流通し始めたのがいつかははっきりしないが17,8C頃ポルトガル人が本格的にアフリカとの交易を始めた時にはすでにビーズ(ガラス玉)がかなり普遍的な価値を持つ通貨として流通していたという。そのためこれらのヨーロッパ商人は通貨として大量のモザイクガラス玉(トンボ玉)持ち込み、支払いに当てた。

現在では貨幣経済の浸透により通貨としての価値は失われたが、アクセサリーの材料としてアフリカの人々に愛用され続け、今日では色鮮やかなビーズを用いたアクセサリーはアフリカンアクセサリーの代名詞となっている。。

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・ひょうたん ウリ科ユウガオ属の植物。現在世界中で栽培されているが原産地は西アフリカと考えられている。日本ではひょうたん(の実)といえば中央のくびれたいわゆるひょうたん型のものを思い浮かべるが、アフリカではさまざまな形のひょうたんが利用されている。

球形:丸型から扁平なものまであり、半分に切ってボール型容器として使用。または上部
    に穴を開けつぼ型容器としても使用する。半切りにしたひょうたん上部をそのまま
    ふたとして使用することもある。アフリカではこのタイプのひょうたんが一番多い。

胴長:ひょうたん胴体部のくびれが細長いもの。上部を切り落とし、容器として使用する。

円筒形:(長瓢とも)おおむね容器として用いるが、まれに衣服(ペニスケースとして用い
     る民族もいる。

他にもさまざまな形のひょうたんがさまざまに利用されている。日常生活に欠かせない液体や食糧の容器としてだけでなく、時として金庫、財布、衣装箱ともなり、嫁入り道具ともなるひょうたんは、民話や神話にもたびたび登場し、アフリカの文化と密接に結びついている。

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・平織 織物の中で最も基本的で単純な織り方。経糸(たていと:の長辺方向に平行に織り込まれた糸。綜絖に取り付けられ、綜絖棒の運動によって杼口が開かれる)と緯糸(よこいと:布の長辺方向に垂直方向に織り込まれた糸。杼に取り付けられ、経糸に開いた杼口に通すことで布が織られていく)を交互に一本づつ織り込んでいく織り方。

アフリカの細幅布で無地のものや泥染め藍染用の細幅布はほとんどがこの技法で織られている。

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・ファン ガボンに居住する農耕民。同国最大の民族グループ。16C〜17C頃にカメルーン方面から移住してきた。アフリカ屈指の彫刻の名手として世界に名高い民族でもある。納骨箱の蓋に付けるビエリと呼ばれる守護神像、細長い顔をした火の霊の仮面などが有名。(うろ覚えではあるが、何年か前にファンの古い仮面が750万ドルで落札されたというニュースがあった。)
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・フォン ベナン南部に居住する同国最大の民族集団。ベナンの政治、経済の中心的存在でもある。ヴードゥー教の信者が多い。17世紀初頭から19世紀末まで同地域に栄えた強大な軍事国家ダホメー王国を作った。ダホメー王国の時代宮廷美術が発展しダホメー王の紋章をはじめとする、動植物、人工物を題材とした寓意的なモチーフ(それぞれのモチーフが、ことわざ、物語の主人公、感情などと結び付けられている。)を、さまざまな工芸品に施すことでも知られている(アップリケは特によく知られている)。それらのモチーフを施したひょうたん細工はアフリカのひょうたん工芸の中でも最高のレベルに達したものと評価されている。

またフォンをはじめギニア東部(ギニア湾諸国東部:ガーナトーゴ、ベナン、ナイジェリア)の森林地帯の民族の造る彫刻(木彫)はスーダンコンゴの諸民族のものと違い、木を燻さない(黒くしない)、派手な彩色を施す(特に制作年代の新しいもの)、など一風変わった特徴を持っていることが多い。
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・フータ
  =ジャロン
ギニア共和国北部セネガルとの国境地帯にある山岳地帯。主にフルベ人が住む。18C後半から19C後半西スーダンを席巻することになったフルベ人によるイスラム国家建設が最初に起こった土地としても知られている。フータ=ジャロン王国は17C前期に建設され1881年にフランス軍によって征服されるまで存続した。この地域のフルベ人は自分たちの言葉をアラビア語で表記したアジャミーヤと呼ばれる文学を作り出した。
山岳地帯であるので夏の夜でも結構冷え込み、197何年だかには雪が降ったことがあるらしい。

・フータ=トロ 16C半ばから1776年までセネガル河中流域に栄えた王国。ソンガイ帝国の支配に抵抗したフルベ人の一派がソンガイ軍に敗れた後、マンデ系住民を吸収しつつ東に移動、フータ・トロにあったソニンケ人の王国を滅ぼして建国した。1770年代にスレイマン=バに率いられたイスラム化したトゥクロール人により滅ばされた。

・フラニ →フルベ
・プール →フルベ
・ブルキナ
    ファソ
西アフリカ内陸部に位置する国。独立時はオートボルタといったが84年にモシ語とジュラ語の合成語で「(奴隷ではない)自由な人々の祖国」を意味する現国名に改名。国土のは大半はサヘルに位置する。アフリカ最大の映画祭FESPACOを奇数年に開催することでも知られている。
主な民族は、モシボボジュラロビフルベグルンシ等。
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・フルベ 自称フルベ。フラニ、プール等の呼び名は周辺民族からの他称である。東はスーダン共和国西部から西はセネガルまで、北はニジェール北部から南はギニアカメルーンまで、サヘルの広大な地域に居住する牧畜民。本来の生業は牛牧だが定住し農耕に従事するものもいる。18C後半から19C後半にかけて西スーダン各地でジハードをおこしいくつものイスラム神権国家を作り上げた。
フルベの女性は顔面に刺青を入れることで知られ、その文様は地域によってさまざまである。
アルジェリアのタッシリナジェール遺跡の牛の時代(前4,000年頃〜前1500年頃)の壁画を描いた人々がフルベの祖先ではないかといわれている。
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・フルベの
  ジハード
18C後半から19C後半にかけて西スーダンを席巻したフルベ人およびトゥクロール人によるイスラム宗教改革運動とイスラム神権国家樹立運動。当時西スーダンでは一部支配層を除いて一般人のイスラム化はあまり進行していなかった。支配層のイスラム信仰に関しても民族宗教、土着の信仰との集合が多く見られた。西スーダンで比較的早く民族単位でイスラム化した牧畜民フルベのイスラム指導者は習合的イスラム信仰を批判、正統なイスラムを広げるために西スーダン各地で相次いでジハードをおこしイスラム国家を樹立した。フルベのジハードの結果西スーダンのイスラム化が進み、ヨーロッパ植民地勢力への抵抗の精神的支柱のひとつとなった。
主なフルベ・イスラム国家としてウスマン=ダン=フォディオのソコト帝国マシーナ王国フータ=ジャロン王国、エル=ハジ=ウマルのトゥクロール帝国などが挙げられる。


・ブロンズ 青銅器製造(ほとんどは失蝋法による)の歴史は西アフリカではそれほど古くない。古いところでイフェ文化(AD12C〜)、イボ・ウクウ文化(AD9C?)があり、そこから大きくは遡らないと考えられている。西アフリカではヨーロッパ、アジアと違い鉄器文化が青銅器文化に先行していた(鉄器文化の起源はBC6〜5Cあたりまで遡れると思われる)。理由としては同地域で鉄が比較的容易に採集できたのに対し、銅鉱脈がない、または採掘しにくかったということが考えられる。事実有名なベニンの青銅彫刻も原料のほとんどをヨーロッパ(ポルトガル)からの輸入に頼っていたといわれている。

失蝋法とは蝋で作った型を蝋抜きの管をつけて粘土で包み、粘土を熱して蝋が流れ出た空洞に溶けた金属を流し込むという鋳造法であり、粘土を壊せば蝋型と同じ形をした青銅器が得られる。

西アフリカ各地、特に今日のガーナなど金が豊富に取れる地域では金の計量のために銅、真ちゅう製などの分銅が盛んに作られてきた。当初は単純な幾何文様が刻まれていた分銅はやがて複雑な文様、ことわざ、様々な動植物をかたどった、アフリカのミニチュア工芸品へと進化していった。

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・ベナ=
  ルルア
コンゴ民主共和国南部のルルア川流域に暮らす様々な民族の総称。この地域を支配したルルア王国の王カランバンが1875年からに行なった一連の宗教・社会改革により、ベナ=ルルア様式と呼ばれるアフリカでも最も美しいものの一つとされる美術様式(仮面・彫像・そのほかの木彫など)を生み出した。


・ベナン 西アフリカギニア湾に面した国。かつて内陸部にはダホメー王国、沿岸部にはウィダーなどの都市国家が栄えた。独立時はダホメー共和国と称していたが75年現国名に変更。現在のナイジェリアに栄えたベニン王国(13C〜18C)の名を付けたのだが直接には関係が無い。
またヴードゥー信仰の盛んな地(特にフォンの暮らす南部)として知られていて、1月10日のヴードゥー大祭の日は国民の祝日になっている。
主な民族は南部のフォンヨルバ、北中部のバリバなど。
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・ベニン王国 13Cごろに形成されたエド人の王国。西のヨルバ諸国の文化的、政治的な影響が強く受けていた。

15C半ばにエウアレ王が即位するまでにすでにかなりの規模の国家となっていたがエウアレ王の治世下さらに領土を拡大し、国家組織の整備に努め、後にはヨーロッパ人との交易(15C末〜)で栄え、16、7Cには東ギニア最大の国となった。17C末から国内の反乱、西のオヨ王国からの圧迫などで国力が衰えはじめ18C末に消滅した。

ベニン王国では宮廷美術が発達し特に青銅彫刻、精緻な象牙細工などがよく知られている。中でもさまざまな場面でのオバ(王)の姿を浮き彫りにした青銅版は非常によく知られている。

独立時はダホメー共和国といった現在のベナン共和国の名前はこのベニン王国に由来する。


・ベルベル 北アフリカ(マグレブ諸国)の先住民の総称。7,8Cに始まったアラブ・イスラムの侵入により、内陸の沙漠、山岳地帯に追いやられた。アラブとの交婚により大半がアラブ・イスラム化したが独自の言語、文化を保っているベルベルもいる(トゥアレグなどがその代表格)。
ベルベルという呼び名は古代ギリシャ語のバルバロイ(野蛮人)が転訛したもの。


・ベンバ ザンビア北東部およびコンゴ民主共和国南東部に居住する農耕民族。生業の基盤は焼畑農耕であるが狩猟にも優れた民族であり、腕の良い狩人は社会的に大きな尊敬を得る。

いくつかの結社組織を持ちそれぞれの儀式で仮面が使用される。ベンバの仮面は非常に抽象化が進んだデザインであり、主に直線と円で構成されている。立像の製作はあまりおこなわない(小品は一部でつくられている)。


 
・ボゴラン 泥染め
・ボゾ マリ中部ニジェール河流域に暮らすマンデ系の漁労民。ニジェール河の主と呼ばれることもある。
10C頃この地域に定住し始めたと考えられている。ジェンネモプティなどの町をつくった。マリの首都バマコも19C末にフランスが街を建築し始める前はニジェール河の中洲にあるバンバ=コ(ワニの背中)と呼ばれるボゾの小村に過ぎなかった。


・細幅木綿布 →布
・ボボ ブルキナファソ西部およびマリに居住する民族集団。マンデ系言語を話す農耕民族であり、ブルキナ第二の都市ボボデュラッソはボボ民族とジュラ(デュラ)民族の町という意味。美しい焼刻を施したひょうたん容器や、仮面のつくり手としても知られている。
ボボの商品


・ボルタ河 全長1600km、流域面積40万ku。アフリカ西部の大河。ブルキナファソ西部ボボデュラッソ付近に源を発する黒ボルタ河とブルキナ中部ワガドゥグ付近に源を発する白ボルタ河がガーナ中部で合流し南下。大西洋に注ぐ。河口から80kmほど上流に作られたアコソンボダムによって巨大な人工湖ボルタ湖ができた。


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